四日目。
昨日訪れた浜辺で番神とは初めて会った日のように対峙していた。
から申し出た組手を番神は驚きながらも承諾してくれて、万が一のことを考えた結果、柔らかい砂浜で行うことにしたのである。
「全力で打ってきな」
「わかった!」
は頷くと拳を構える。
番神の方が力量は上であり、以前なら悔しさを覚えたはずだったが、今は逆にありがたさを感じていた。
番神には全力で打ち込んでも捌いてくれるという信頼感があった。
は手始めに右の拳を突き出すも容易く防がれてしまう。
そこからは何も考えずとも左拳や右拳、掌底など滞りなく繰り出せた。
速さを上げても動体視力が優れている番神は、の期待通りに全てを捌く。
「すっごい!!」
「だろ?俺様は無敵無敗だからな!」
「尊敬しちゃう……」
「よせよ、照れるぜ……ウッ!」
「あ、ごめん。不意打ちには弱いね」
「誰だって弱ぇだろうが!!」
えらくが褒めて羨望の眼差しを向けてくるものだから照れくさくて視線を外した途端、左頬に彼女の拳がめり込んだ。
不意打ちには弱いなど言っていることから、先ほどの発言も本心かどうか怪しい。
(畜生……俺の純心を弄びやがって!)
ぬか喜びをさせられた番神は額に青筋を立て、わざと大きく一歩を踏み出し、との距離を詰める。
番神のぎらついた笑顔に身の危険を感じ、は苦笑いで一歩後退した。
番神が一歩詰めれば、は一歩引く。
それを幾度か繰り返したところで番神が砂浜を蹴った。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
「待てコラァ!」
悲鳴を上げて脱兎のごとく駆ける。
番神は、そんな彼女を得物を追う狼のようにしつこく追いかける。
優しい番神のことだから捕まっても精々怒られるくらいだろうが、追われると逃げてしまうのは本能的なもので、は腿の怪我のことなどすっかり忘れて全速力で走った。
横浜に来てからは“型”の確認しかしていなかったため、走った時特有の喉と肺の痛さを久しぶりに感じる。
怪我をする前はもっと走れたはずなのに体力が落ちているのか走りにくい砂浜だからか、もう足が重たくなってきた。
「あ!」
ついには足をもつれさせ、前のめりになる。
「あぶねぇ!」
不安定な体勢で転びそうなを目にし、番神は左腕を伸ばして彼女の体を抱き寄せた。
いくら砂浜といえど勢いがついた状態で転べば、治ったばかりの腿の怪我が再発してしまうかもしれない。
何とかを転ばせずに済み、番神はほうと息を吐いた。
「おい、大丈夫か?」
腕を離して尋ねるもは俯いて何も答えない。
もしかして足を痛めてしまったのだろうか。
悪ふざけのつもりだったが追いかけたのは失敗だったと番神がおろおろしていると、はゆっくり顔を上げて涙目で睨みつけてきた。
の顔は朱に染まり、口はへの字に曲げられて両腕は胸を守るように体の前面で交差している。
そんな彼女の姿に鈍感な番神もさすがにピンときた。
「え……は……?む、胸……?」
思わず確認した番神の左頬にの平手が炸裂する。
「いってぇぇぇぇぇぇ!!!」
先ほど不意打ちを食らった箇所に追い打ちをかけられ、番神は左頬を両手で押さえて体を丸めた。
打たれ弱く、痛みに悶える番神を見下ろし、はわなわなと震える。
「あんなにガッツリ揉んだくせに『む、胸……?』ってどういうこと?!」
「い、いや一応確認しておこうと……」
「へぇぇぇぇぇぇ??胸が大きな人にもいちいち確認するんだぁ?」
「す、すみませんでした……」
番神が涙目でを見ると、眉を吊り上げてぷんすかと怒りを顕わにしていた。
彼女を怒らせてしまったやるせなさと、どさくさに胸を揉んでしまったことにかすかな喜びを覚え、番神はどんな表情を作ればよいかわからない。
の怒りっぷりから生半可な謝罪では機嫌は直らないと判断し、何か良い手はないか頭を回転させる。
うーんうーんと戦うこととのことでほとんどの容量を占められている脳内に、この状況を打破できるものがないか絞り出す。
そして漸くとある言葉を思い出した番神は、丸めていた体を起こし、ご立腹のを見つめた。
「俺の胸、揉んでいいぜ」
目には目を歯には歯を。
にしてしまったことをやり返してもらおうと番神は腹をくくった。
一方では番神のいきなりの申し出に虚を突かれ、怒りを忘れてぽかんと口を開く。
耳に入って来た言葉を何度も何度も反芻し、ようやっと呑み込めたは、自分の耳がおかしくなったのではと疑念を抱いた。
「……胸、揉んでいいって言ったの?」
「おう」
合っていた。
は番神の顔に向けていた視線を下げ、彼の胸で止める。
でかい。でかすぎる。
今にもはちきれそうなほどパンパンに膨らんでいて、いつかの晩の敗北感が再び産声を上げた。
(コノムネヲ……?)
もうは何が何だかわからなくなっていた。
正直に言うと硬いのか柔らかいのか興味はある。
隣を歩いていた時に見るからに硬そうなのに、上下にかすかに揺れているのを目撃したことがあったし、以前読んだ書物で良質な筋肉は柔らかいと書かれていた。
は生唾をごくりと嚥下し、ぱつぱつの胸を人差し指で押してみる。
するとふににに、と指が沈んでいった。
「ふおぉぉぉぉ……」
押し返してくる弾力性のある軟らかさにの口から驚嘆の声が漏れる。
番神の胸は歩いている時に揺れるのも納得の柔らかさだった。
感触が面白くて、は両手を番神の両胸にそれぞれ当て、ぐにぐにぐにと一揉み二揉み三揉みした。
胸を揉まれている番神は、自分は左手で一揉みしかしてないし何ならよくわからなかったのに、と不公平さを感じたが、の怒りを忘れている様子に安堵する。
しかし、それにしても気になっている女性が嬉しそうに体を触ってくるのは目に毒だ。
(あー……やっべぇな、勃っちまう……)
ぐぐっと根元が起立し始めて、番神はこれ以上を目に入れないように顔を横に向ける。
するとそこには煙草を吹かしている丑寅と口元に手を当てている未の姿があり、番神の息子はヒュンッと萎んだ。
「お前らこんなとこで何してんだよ……」
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
我に返った二人の絶叫が海に響く。
「さすがに外はねぇ……いい宿紹介しようか?」
「「違う違う違う違うちがーう!!」
わざとらしく恥じらいの表情を見せる未に何が違うのかさっぱりだが、二人は声を合わせて否定した。
その日の晩、番神はとのそりゃもう筆舌に尽くしがたい淫夢を見た。
あわや果てるというところで飛び起き、夢か現か判別がつかなかったため月明かりの中、周囲を見回しての姿を探した。
「夢か……ひでぇ……」
彼女の姿が見当たらないことで夢だったとわかり、がっくりと肩を落とす。
番神の『ひでぇ』には現実でなかったことに対する落胆や果てる直前で目が覚めてしまった後悔、卑猥な夢を見てしまった自身への責めなど色々な意味が込められていた。
浴衣をめくると褌を押し上げる剛直があり、げんなりとしてしまう。
無視して寝ようと寝台に再び体を横たえたが先ほどまで見ていた夢をずっと思い返してしまい、目もあそこもギンギンになって眠れない。
「うぅぅぅぅぅ……」
盛りのついた犬のように唸り、枕の下に手を突っ込んで艶本を取り出す。
月の光を頼りにパラパラと頁をめくり、男女が交わっている絵を見るが自分とに置き換えてしまって頭を抱えた。
を処理に使いたくないのに、彼女で想像すればするほど陰茎はビクビクと悦び踊る。
(、俺を許してくれ……)
番神は心の中で何度も彼女に謝りながら半泣きで手淫に耽った。