九日目。
丑寅と未とともに横浜駅へ向かう。
道中の会話は専ら番神とのことで、未から際どい話を振られる度には顔を赤らめた。
少しずつ見えてくる駅舎。
十一時に出る陸蒸気に乗れば、しばらく離れていた東京へ久方ぶりに帰ることとなる。
横浜を出る寂しさと、東京で知人と会える楽しみが混ざったこの気持ちは、旅をしていた昔を思い出させた。
駅舎まであと五十米
「番神?!」
いつもの胴着を着た番神がを見て嬉しそうに大きく手を振る。
番神の隣には線の細い黒髪の男性がいて、彼の視線はへ注がれていた。
は番神に駆け寄り、彼の知り合いであろう男性に軽く頭を下げた。
「見送りに来てくれたの?」
「そうそう!あとこいつがのこと見てみたいって言うから連れて来た」
「どーも。……ひとつ聞きたいんだが、彼のどこがいいんだ?」
「えっ」
「瓢湖、黙ってろ」
瓢湖と呼ばれた男性はくすくすと愉快そうに笑った。
恐らく番神の仕事仲間で、軽口を叩き合えるなら関係性は良好だろう。
追いついた丑寅と未はわざわざ見送りに来ている番神を見て、ニタニタと厭らしい笑みを浮かべていた。
何だか気まずい番神は極力二人を見ないようにして、の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「俺が行くまで怪我とかすんじゃねぇぞ?……最近の東京は、物騒だからな」
「?」
「変なことに首突っ込むなってことだよ」
「んー?なにそれ」
番神の言っていることがいまいちわからなくて、は困り笑顔を浮かべた。
もう少し詳しく聞きたかったが、陸蒸気の出発時間が迫っている。
は丑寅と未から荷物を引き受け、陸蒸気の切符を手に持ち、見送りに来てくれた四人に頭を下げた。
「先生、未さん、大変お世話になりました。瓢湖さん?もわざわざありがとうございます。番神は……六日後にまた逢おうね」
各々に声をかけて手を振り、は改札を通って陸蒸気に乗り込んだ。
汽笛を鳴らして陸蒸気が動き出す。
車窓から外を眺めれば見慣れた横浜の街が後ろへ流れていく。
は座席にもたれ、東京でお世話になっている神谷道場の面々を思い浮かべる。
(番神は最近の東京は物騒だって言ってたし、何かみんな巻き込まれてそうだなぁ)
六日後に番神と東京を出るから、できればみんなとは残りの時間をゆっくり過ごしたい。
特に丑寅を紹介してくれた恵には感謝してもしきれなかった。
(そのおかげで番神に会えたし)
番神のことを想うと自然に緩む頬を両手でむにむにと動かす。
そういえば、みんなに番神のことをどうやって紹介しよう?
自分から横浜で恋人ができたとは言いにくいから、左之助か弥彦が「いい男はいたのかよ?」なんて聞いてくるように仕向けてみよう。
そうしたら優しい恋人ができたと胸を張って言える。
どんなふうに二人を誘導しようかな、と考えながら再び車窓から外を眺める。
森の中に見える桃色は、あの日番神と見た夏水仙
秋になれば真っ赤な彼岸花を番神と見ることになる。
(そういえば、夏水仙にも毒があるのかな)
彼岸花は稲をもぐらから守るため、畦に埋められたと聞いたことがある。
その仲間である夏水仙ももしかしたら根っこに毒があるのかもしれない。
(もし毒があっても、私は夏水仙が好きだな……)
番神と一緒に見た夏水仙。
番神がくれた手拭いのウサギと色が似ていて、桃色が好きになった。
もし彼と一緒になれるのなら、家の周りに夏水仙を植えてもいいかもしれない。
は肩掛胴乱から一冊の本を取り出し、パラパラと頁を捲って番神が一頁も読めなかった短編に目を通す。
敵同士だと知らなくて惹かれ合った物語の二人は、最後は離れ離れになってしまった。
こんな二人のような刺激的な恋愛ではないかもしれないけれど、気持ちでは負けていない。
(私は番神と添い遂げたいな)
六日後が待ち遠しくてそわそわして小説が読めない。
本を閉じたは、東京に着くまで流れる景色をぼんやりと眺め続けた。