戌亥番神 シュークリーム
「番神、今日のおやつはこれ!柔らかくて甘くて美味しくて……それに安いの!」
そう言って渡されたのは透明な袋に包まれた薄茶色の岩みたいな物体だった。
この時代──なぜか令和に来てしまった俺を保護したのは目の前の脳天気な女で、一緒に暮らし始めて一週間になる。
女はしまりのない間抜け面で器用に袋をピーッと開けていた。元々甘い物はあまり好まないが、未来の菓子は美味すぎて明治にいた時よりも甘味を食べる機会が増えた気がする。多分、この岩みたいな菓子も美味いのだろう。
袋の端にずらっと並んでいる小さな山と山の間を裂くようにして袋を開け、鼻を近づけて中の匂いを嗅いでみるがよくわからなかった。
「シュークリームって言って、この生地の中に生クリームとカスタードクリームが入ってるんだよ」
「“くりぃむ”……」
確か前に食べた“しょぉとけぇき”ってやつは、白いくりぃむに塗れていたな。あの味を思い出して無意識に喉が鳴った。
早速この“しゅぅくりぃむ”とやらをいただこうじゃねぇか。
潰さないように左手で袋から取り出すと表面は油分があるのか指がぬるっとした。ごわごわとした生地越しにひんやりとした冷たさを感じるが、この部分がくりぃむなんだろうな。
「あ、気をつけて食べないとおしりからクリーム出てくるからね」
「?!」
しゅぅくりぃむにかぶりつこうとしたら恐ろしい言葉が聞こえ、俺はビタッと動きを止める。
ケツからくりぃむ……?!
思わず右手で自分の尻を押さえてしまう。
未来人は尻からくりぃむが出てきてしまうような菓子を嬉しそうに食ってんのか!?そんな危険を侵してまでこの菓子は美味いのかよ?!……もしや中にあの“蜘蛛の巣”でも入っていて中毒を患ってんじゃ……?
「どうしたの?食べないの?」
「ぐっ……!」
躊躇っている俺を不思議に思ったのか首を傾げながら尋ねられ、思わず呻き声が漏れた。
クソッ……腹を括るしかねぇ!
俺はケツからくりぃむが出ないことを祈って手の中の菓子に噛みついた。
「あっ」
ぼとっと何かが落ちた感覚がして視線を下に向けると“ずぼん”に白と黄色のくりぃむがべったりとこびりついていた。しゅうくりぃむから口を離すと中は空洞で、底の部分が裂けている。
「あーぁ……だからおしりからクリーム出るって言ったのに……」
「ケツってこっちのケツかよ!!」
「え……どのおしりだと思ったの……?」
「うるせぇ!紛らわしい言い方しやがって!!」
口の中にはもそもそとした生地しか入っていなくて、無理矢理飲み込んで怒鳴り散らす。勘違いして損しちまった。俺はずぼんに付着した二色のくりぃむを見てガックリ肩を落とした。
手の中のしゅぅくりぃむは生地に少しだけくりぃむがついていたが、もそもそとした食感が強いと思うと食う気がしない。
「俺の……くりぃむが……」
ずぼんに付いているくりぃむは、いっそのこと拭い取って舐めちまおうか。そう思ったのも束の間、“てぃっしゅ”を持った手が伸びてきてずぼんのくりぃむを拭き取り始める。
「おまっ、もったいねぇだろ!」
「もったいないって……ここ、股間近くだしばっちぃよ」
「ばっちぃって……」
確かに股間の近くだし、用を足す時は出し入れをするからばっちぃけど、なんか傷つく。つーか、そんな際どいところを女が触れるなよ。
手が離れるとずぼんにはうっすらと染みだけが残っていて、くりぃむは跡形もなく綺麗さっぱりなくなっていた。
黄色い方は食べたことがなかったから食べてみたかったな……なんてぼんやり考えていたら、手の中のしゅぅくりぃむの生地が取られて、代わりに袋に入ったままの手つかずのしゅぅくりぃむが渡された。
「交換しようね。あ、袋から少しずつ出して食べるといいよ」
「は……?いやこれお前の分だろ」
「私は何度も食べてるし大丈夫だよ!むしろ番神に食べてもらいたいし」
言うが否や早速生地を頬張っていて、俺は手元のしゅぅくりぃむを見つめる。
やべぇ、こいつ優しすぎて惚れそう。ってか惚れたわ。
このしゅぅくりぃむも安いとか言っていたが、絶対嘘だ。働いていない俺が気負わないように気を遣って嘘をついてやがる。
俺の男としての矜持が傷つけられたような悔しさと、彼女の優しさに嬉しく思う気持ちがごちゃ混ぜになっているが案外悪くねぇ。
出会った初日、俺に似た元恋人が失踪したとかで公園で自棄酒をしていたこいつは、右も左もわからない状態の俺が話しかけたら元恋人と勘違いして飯と酒をくれたうえに“まんしょん”に入れてくれて、風呂に乱入してきてそっから──
あの日以降抱いてはねぇけど、体の相性の良さは確認済みだ。こりゃもう近々こいつを娶るしかねぇな!
そう決意してしゅぅくりぃむを袋から少し出して齧ったが、また生地から飛び出たくりぃむが袋の中にぶちまけられた。
2023.05.04