戌亥番神 くちびる

 念入りに入浴を済ませて夕餉を終えて、あとは寝るだけ。番神が取った宿は宿場町で一番高いだけあって部屋は広く、掃除は行き届いてとても清潔。一泊だけなのがもったいないくらいだけど連泊したら番神が破産してしまう。
 そして件の番神はというと、敷かれた一組の布団の上で胡座をかいて私を待っている。血走った目で、緊張しているのか落ち着かないのかそわそわしていた。今だけじゃなくてご飯の時も湯屋に行った時もそわそわしてたけど。そろそろ私もお布団へ向かおう。

「お待たせ~」
「べ、別に待ってねぇし」
「あらそう」

 子どもみたいな素直さはどこかへ消えてしまったようで、番神は私からぷいっと目を逸らした。この分だと二回目の好きは期待できないかも。とりあえず一番高い宿は取ってくれたし、胸くらい揉ませたろと思って私は番神の胡座の上に座った。

「お、おまっ……どこ、にっ……」
「え?胸揉むんでしょ?」
「揉む!!」

 背後からフンッと荒い鼻息が聞こえて思わず笑ってしまった。さすがに向かい合っては恥ずかしいから後ろから揉んでもらうことにした。
 番神にもたれるようにして体を預けるとフーッフーッと荒い息が首筋にかかってくすぐったい。なんだか番神の興奮具合にドキドキしてきた。早く揉んでもらってさっさと寝よう。そんなことを考えていたら番神の手が伸びてきて、襦袢越しに私の胸を下から持ち上げた。

「すっげ……やわらけぇ……」

 番神はむにむにと揉みながら感慨深げに呟く。揉んだり少し揺らしたり、そんなに大きくもない私の胸を堪能しているようだった。あと二、三揉みさせたら切り上げると決めたところで体が勝手にビクッと跳ねる。

「ちょ、ちょっと、摘まないでよ」

 なんということ!私が許してるのは揉むことだけだと言うのに、許可なく先端を摘まんだのだ。
 大きな手をぺいっと剥がすと番神は不服そうな声を漏らす。こっちが文句を言いたいよ。首を動かして番神の顔を見ると拗ねた子どもみたいな表情を浮かべていた。

「これ以上していいって……」
「何か忘れてない?」

 私の言葉に番神はハッとしたようだった。いや本当はもう言ってくれたから乳揉み以上のことをしていいんだけど、宿で言うって宣言したのは番神だし、私はもう一度彼の口から"好き"って聞きたかった。でも番神は口を噤むと何も言わず私の胸をまた揉み始める。やっぱり言ってくれないみたいで少し悲しくなった。
 私は視線を落として自分の胸を覆う番神の手を見つめる。いつも付けている鉄甲は外されていて、番神がもみもみと手を動かすたびに甲の骨が皮膚の下で蠢いていた。
 ふいに番神が耳元で私の名前を呼ぶ。

「なぁに?」
「可愛い……。好きだ」
「!!」

 番神が耳元でうわごとのように可愛いと好きを何度も囁いてくる。腰がぞくぞくとして思わず逃げ出そうと前のめりになると、番神は私の腹に腕を回して布団に倒した。私の上に被さっている番神の目は肉欲に満ちてギラギラとしている。直視できなくて目を逸らしたら、番神の手が襦袢の紐を解き始めた。

「ままま、待って!」
「チッ……なんだよ」
「私も、番神こと好きだからね」

 このままだと番神だけが私を好きみたいになっちゃうから、しっかり伝えることにした。すると番神は先ほどまでの欲に満ちた顔から一転して眉を下げ、頬を赤くした。照れてる。可愛い。胸がきゅんとして、番神の太い首に腕を回して大きな体を抱きしめた。

「ね、口を吸ってよ」
「……したことねぇ」
「え、廓に行ってたし童貞じゃないよね」
「やるだけやって、だな」
「……そうなんだ」

 少し体を離して番神の唇を指でつんつんとつついたら、舌先でぺろりと舐められる。本当にわんちゃんみたい。
 番神が私の上から退いて隣に寝転んだので、私も横向きになって向かい合った。今まで同室で寝ることなんて何度もあったのに、今日の番神からは異様に色気を感じて落ち着かない。私がそう捉えてるだけかもしれないけど。
 浴衣から覗く番神の厚い胸板に頬を押し当てて抱きつくと、番神も私の背中に腕を回して抱きしめてくれた。もう好き好き、番神大好き。
 調子に乗って番神の唇に自分の唇をちゅっと軽く当てた。

「……どう?」
「よくわかんねぇな」

 私は嬉しいのに!でも嫌がられなかったからちょっと安心した。

「ねぇねぇ、今度はちょっと長めにしよ!」
「おめェ馬鹿か?息できねぇだろ」
「えっ……鼻でするんだよ……」
「…………」
「ねぇ、もう一回しよ。番神からして欲しいな」
「……しょーがねぇなぁ」

 私のおねだりに番神は面倒くさそうに呟いたけれど、私の顎を軽く持ち上げて唇を重ねてくれた。
 番神は目を閉じている。睫毛可愛い。私も目を閉じて、さっきより長く唇を合わせて、ちょっと悪戯心が芽生えて番神の口内に舌を入れたらぴくりと体を揺らして「ん」とくぐもった声を出してた。
 私が舌で舌をつついたり、少し絡ませたりしてると番神は小さく唸って口を離す。

「……なんかすげぇ」
「好きな人同士だからかもね」

 唇を唾液で濡らしてぽーっとした顔で呟く番神は、なんだか初心な少年みたいだった。

「もう一回」

 気に入ってくれたのかな?今度は番神からのおねだりで、断る理由もないからまた唇を重ねる。
 ちゅ、ちゅと啄んだり、お互い舌で撫で合ったりしていると、番神が私を抱きしめてまた上に覆いかぶさった。私も背中に手を回して隙間がないくらい密着してみたら、下っ腹辺りに熱い塊を感じて今度は私から唇を離した。

「ん……はぁ、ここから先は初めてだから、今度は番神が優しく教えてね」
「おう」
「優しくね、優しく」
「……頑張る」

 ちょっと言い淀んだのが気になるけど、多分優しくしてくれると信じよう。あ、でも廓って男の人が主導じゃないんだっけ。それなら番神も初めて同然かもしれない。痛い時はちゃんと痛いって伝えないとね。
 番神は匂いでも嗅いでいるのか私の胸元に顔を埋めてフンフン言っている。そんな番神の頭を撫でて、これから迎える男女の時間に私は心を弾ませるのだった。